学生時代の勘違いオシャレ~金髪・蝶ネクタイ・サルエル・数珠など手当たり次第に流行っていたものを見に付けていた

恥ずかしい ファッション

私のおしゃれに関する失敗談は、6年前の専門学校のころにさかのぼります。

当時わたしは、群馬県の栄養士専門学校に通っていました。文字通り、群馬県に住んだわけではなく、上田市から新幹線で通学していました。

高崎駅周辺はとても都会でした。私は地元がとても田舎だったため、高崎駅の周りのビルや車の多さ、人の多さに圧倒されてしまいました。また、高崎駅付近には、おしゃれなお店や高級ブランド店、おしゃれな人が多く、それが私に大きな影響を及ぼしました。

私も、高崎に合うようにおしゃれになりたい。だけど、雑誌やみんなの真似をしてもつまらないから、自分だけの個性、オリジナリティをだしたい。

当時は、そう考えていました。

まず、初めに変わったのが髪の毛の色でした。とりあえず、おしゃれ=金髪というイメージがあった私は、市販のブリーチ剤を使用し脱色しました。すると、きれいな金色とは、程遠い黄色がかった金髪になってしまいました。また、初めての染色でしたのでムラもあり、とてもきれいではありませんでした。

ですが、これも個性と思いそのまま、通学していました。

次に、変化したのがファッションでした。長野県にいたころは、ジーパンにパーカーやトレーナーといった、至って普通の格好でしたが、急にサルエルパンツをはき始め、上は白シャツに蝶ネクタイをつけるようになりました。

なぜ、そんな恰好をしたのかというと、ある雑誌のモデルさんが行っていたプレッピースタイルにあこがれたものでした。

しかし、そのモデルさんは細身だったからこそ、シャツにサルエルといった格好が似あっていましたが、当時の私は少しぽっちゃり体系でしたので、ただ横に広く見えてしまっただけではないのかと今感じています。

また、パンツに関しては、すごい失敗がありました。なにを思ったのか、紺色のアラジンパンツにショッキングピンクの蝶が無数に刺繍されているパンツをヘビロテして履いていました。今、思うと恥ずかしくてとても履けないですが、当時はそれを自信満々に履き、周りの視線を集めていました。

ファッションが変わっていき、次第にアクセサリーも付け出す様になりました。しかし、それも普通のアクセサリーではなく、とても大きな伊達メガネ、腕には数珠、足には女性もののアンクレットとそのころは、いったい何を目指しているのかがわからなくなっていました。

そのうち、B系ファッションの影響を受け、大きな金色のネックレスやベースボールキャップを被るようにもなりました。

いろいろなファッションのいいとこどりをしたつもりが、全くわけのわからない服装へとなっていました。当時の私は、おしゃれがわからず、とりあえず手当たり次第はやっている物、また流行っていたものを身に着けていたのだと思います。

その為、系統も全くそろわず、どうみてもおかしい恰好だったはずが、それを個性と捉えていたのだと思います。今は、もっぱらジーンズにジャケットしか来ていませんし、当時の服はどれも残っていません。

長野県にお住まいの現在は病院で栄養士として働いている26歳の男性の方からいただいた専門学校生時代のファッションについてのエピソードでした。

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