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金閣寺へのアクセスと拝観料、歴史・見どころ。三島由紀夫の小説など

 2017/09/01 情報 この記事は約 5 分で読めます。 560 Views
金閣寺

世界遺産の一つとして有名な金閣寺は、1397年に室町幕府の第三代将軍の足利義満により建立されました。

一階が寝殿造、二階が書院造、三階が禅宗様仏堂風の造りとなっています。寝殿造は平安時代の高貴な貴族の住宅様式で、書院造は武家の書斎も兼ねた住宅様式です。

金閣寺がこういう様式になったのは、足利義満が武家の頂点であるとともに公家の頂点でもあるということを誇示するために、このような造りにしたのだといわれています。

金閣寺が建っているところには、以前は西園寺と呼ばれる建物が建っていました。この西園寺を建てた人物は藤原公経なのですが、西園寺で後醍醐天皇を暗殺しようとし逮捕され、没収されたこの土地をのちに足利義満が手に入れました。

金閣寺の敷地面積は4万坪で、そのほとんどが池や庭園です。池は鏡湖池と呼ばれており、そこには当時献上された石が今でもおいてあるそうです。

また、あらゆるところに金箔が使われていたので建設にあたって莫大な建設費用がかかり、その費用は今の価値にして100億円以上だったと言われています。

実は金閣寺は1950年にある僧の「美しさに嫉妬したから」という動機による放火によって一度焼失しています。

全焼して焼け落ちてしまった金閣寺をなんとか元に戻そうと、2年後の1952年に再建が始まりました。そして3年もの年月をかけ1955年に再建されたといわれています。

この放火事件を元に三島由紀夫は「金閣寺」という題名の小説を書いています。

金閣寺のみどころ

豪華絢爛な舎利殿です。

池の中にたたずんでいるため、水面に反射する、舎利殿を見るのもよいでしょう。

舎利殿は三層に分かれており、下階から順に、寝殿造り、書院造、禅宗様と異なっているのも見どころの一つです。

舎利殿だけでなく、鏡湖池をはじめとする庭園は代表的な池泉回遊式庭園として国の特別史跡、特別名勝に指定されているため、舎利殿と並ぶ見どころでもあります。

また、舎利殿の近くには夕佳亭と呼ばれる数寄屋造りの茶室があり、小高い位置にある為、夕暮れ時には夕日に輝く舎利殿の鳳凰を見ることのできる絶景ポイントになります。

また、雪の積もった日には、雪化粧をまとった一味違う金閣寺の姿を見ることができます。

金閣寺の拝観料金

参拝時間は午前9時から午後5時までで、年中無休となっています。

拝観料は、高校生以上が400円、小・中学生は300円となっています。

金閣寺の住所

住所:京都市北区金閣寺町1

電話番号:075-461-0013

金閣寺は京都市の北西、北大路通り沿いに位置しています。

金閣寺へのアクセス

京都市バスを用いる方法ならば、204、205系統に乗車し、「金閣寺道」で降車すると、金閣寺の目の前まで行くことができます。

また、12、59系統に乗車し、「金閣寺前」で降車するという方法も可能です。

また、駐車場も完備されているため、車で行くことも可能です。

金閣寺最寄りのバス停

京都市営バス「金閣寺前」(12・59系統)または「金閣寺道」(急行101・急行102・204・205・M1系統)バス停下車。

銀閣寺について

世界遺産、国宝に指定されている銀閣寺ですが、その名称は通称であり、正式名称は東山慈照寺(じしょうじ)といいます。

金閣寺は建物外壁に金箔が塗られているのに対して、銀閣寺の場合は、外壁に銀箔が塗装された事実はなく、なぜ銀箔が塗られることがなかったのか、諸説あるもののはっきりとした理由はわかっていません。

また、慈照寺が銀閣寺と呼ばれるようになった時期は江戸時代以降のことで、現在では通称の銀閣寺と呼称されることが一般的になっています。

銀閣寺の創立者は室町幕府八代将軍の足利義政となっており、応仁の乱が終了した直後のことで、混乱のさなかに建設されたということになります。長く続いた戦闘の結果、京都の町は荒廃、足利義政は将軍職を子の足利義尚に譲り、自身は隠居の身となり、銀閣寺の造営を始めることになりました。

内乱のために、京都の町は経済的にも人手的にも困窮していたとされ、その中で造営資金は増税や労役を課して建立を急いだとされます。内乱で疲弊しきっていた地域社会に追い打ちをかけるように、税金を増税し、労働も負担させたのです。地域住民の思いはどのようなものだったでしょうか?

文化的価値の認められる建物であることは間違いありませんが、建設された時代背景、建設に携わった住民の思いにも目を向け鑑賞してみるのも良いのではないでしょうか?

三島由紀夫の小説「金閣寺」のあらすじ

「金閣寺」は、1956年に発表された三島由紀夫の長編小説です。

日本海に近い貧しい寺に生まれた「私」(溝口)は、吃音に劣等感を持ち、内向的な性格でした。
幼少期にずっと、父から金閣寺ほど美しいものはないと父から聞かされ、父の死後、金閣寺に住み込んで修業をすることになりました。

終戦後、仏教系の大学に入学し、障害をもつ柏木と親しくなりました。
しかし彼は非常に狡猾で詐欺師的な性格の人物だったので、童貞の溝口に女性を与えたりしました。

ある時、芸妓を連れて歩く老師を見つけて諍いになり、
老師は、溝口を後継にする気はなくなった、と言い放ちます。

溝口は、柏木に借金して出奔し、さまよううちに
「金閣を焼かねばならぬ」
という気持ちが抑えられなくなります。

そして金閣寺を焼くという行為は自分が死ぬことと同じであると考え、
睡眠薬と小刀の準備をした溝口は、ついに実行の日を迎えます。

金閣に火を放ち、「この火に包まれて究竟頂で死のう」と決意し、扉を開けようとしましたが
どうしても開けることができませんでした。

「拒まれているのだ」と確信した溝口は、戸外に飛び出し山の方へ駆け出しました。
そして燃え盛る火の粉の舞う夜空を膝を組んで眺めながら、溝口は煙草を吸いながら「生きよう」と思うのでした。

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