暦のまとめ

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世界標準の普段使用している暦は、1982年に制定されたグレゴリオ暦と呼ばれるものです。

しかし、その前にも暦はあり、それはユリウス暦と呼ばれるものでした。

なお、日本でグレゴリオ暦が採用されたのは1872年からのことです。

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グレゴリオ暦

グレゴリオ暦を制定したのは、1582年当時のローマ法王であるグレゴリウス13世です。それまで使われていたユリウス暦下では、春分が10日ずれてしまうため、キリスト教において重要な復活祭の日付が正しく決めることが出来なくなったために、改暦を行ったと言われています。1582年10月4日の翌日を本来であれば10月5日とするところを10日間短縮し、10月15日と制定しました。なお、ユリウス暦からグレゴリオ暦への移行はそれぞれの国によって時期が異なっています。

1年は365日である事が多いですが、4年に1度は366日になります。その366日になる年のことをうるう年と言います。これは、1年の長さが1日の長さでは割り切ることが出来ないためです。1年は365日ぴったりではなく、365日と5時間49分ほどとされており、常に365日であった場合には、暦と季節がずれてしまうということが発生してしまします。100年間、常に365日であった場合には、24.22日分はずれが生じると言われています。

うるう年は、このずれを防ぐために設けられています。うるう年の決め方は西暦年が4で割り切れる年、西暦年が4で割り切れる年でも100で割り切る事が出来る年は平年ですが、400で割り切れる年はうるう年となります。

ユリウス暦

ユリウス暦(英語名Julian calendar)は、後のローマ皇帝ユリウス・カエサルにより紀元前45年から実施された太陽暦で、1年間を365.25日で計算され、1年を365日とする年と4年に一度366日とする閏年が設定されていました。この暦は、ローマのみならず、キリスト教の多くの宗派が採用し、ヨーロッパを中心に広く使用されました。

しかし、実際には、地球が太陽を一周する平均日数との乖離があり、ユリウス暦の1年は、実際の1太陽年に比べて、365.25日(ユリウス暦) ? 約365.2422日(実際) = 約0.0078日(約11分15秒)長く、約128年で1日分だけずれる事になりました。

ユリウス暦自体は、かなりの精度を誇っておりましたが、採用から1,500年以上の運用が続くと、そのずれは約11日。実際と暦上の日付の乖離は無視できないものになってきました。

そこで、1582年、時のローマ教皇グレゴリウス13世は、1年間を365.2425日と計算するグレゴリオ暦を採用しました。その後、このグレゴリオ暦はユリウス暦に置き換えられ、現在はほとんどの国がこのグレゴリオ暦を採用しております。

太陰暦

太陰暦とは、月の周期を基準とした暦のことです。月は満ち欠けを繰り返していますが、この1回の周期がだいたい30日弱になります。そのため、太陰暦では29日の月と30日の月を組み合わせて、全体で12ヶ月を1年としました。

ところが、季節は太陽とともに変化しますから、月を基準にした太陰暦を用いていると、少しずつ季節と月がずれてきてしまいます。このずれがひどくなると、暦から季節を割り出すことが出来なくなってしまうため、この季節調整を行うために、定期的にうるう月というものを設けていました。このうるう月がある年は1年が13か月あったのです。かつては日本や中国も太陰暦が基準でしたが、このような不都合があるので、現在では太陽暦を採用しています。

しかし、かつての名残りとして中華圏では現在も旧暦の正月を春節としてお祝いしますし、正月休みも春節に合わせて取られます。また、イスラム圏では現在も伝統的な太陰暦が主流です。

太陽暦

太陽暦とは、太陽の周りを地球が一周する期間(地球の公転周期)を365日として、それを各月日付に割り振った暦のことです。暦には大きく二つに分けて、地球の公転周期を基にした太陽暦と月が地球の周りを一周する期間(月の公転周期)に基づく太陰暦があります。日本では江戸時代まで太陰暦が使われていましたが、欧米諸国に合わせる為明治維新を経て明治初年に太陽暦に変更されました。

歴史的には、ローマ時代にジュリアス・シーザー(ユリウス・カウセル)のころ設定されたユリウス暦を基にして、その後グレゴリオ暦を経て現在の太陽暦に進化しています。

というのは、正確には地球の公転周期は365.2422日ですので、一年を365日とするとおおむね4年で一日の狂いが生じます。そこで4年に一回、4で割り切れる年をうるう年として、一年を366日にして調整します。さらにそれでも400年に3日の狂いが出る為、追加として400の倍数以外の100の倍数の年のうるう年を通常年としてその3日を調整します。

このように、歴史的な変遷を通じて、現在の太陽暦は作られてきたのです。

太陰太陽暦

太陰太陽暦では月の満ち欠けを基準に1ヶ月が決められる太陰暦を基準にしながらも、太陽の動きを取り入れることによって季節を対応させた方法です。日本では明治時代に現在の太陽暦が採用されるようになったため、太陰太陽暦は旧暦と呼ばれています。

しかし決して過去のものというわけではなく、長年使われてきたということもあって季節の行事などにその面影が色濃く残っています。大きな特徴となるのが閏月と二十四節気です。月が基準になる太陰太陽暦では1年が太陽暦に比べて短く、そのままでは季節にズレが生じてしまいます。そのためおよそ3年に一度の頻度で閏月を入れ、1年を13ヶ月とすることによってズレを修正します。

とはいえこれだけではまだ不十分なので、さらに二十四節気が必要です。これによって1年が24に分けられ、狂うことなく今の季節を知ることができるようになりました。それぞれの区分は立春や夏至など、太陽暦が使われるようになった今でも聞くことが多い名前がつけられています。

西暦

西暦とは、キリスト教のイエス・キリストが生まれたとされる年の翌年を元年(紀元)とした紀年法です。日本語や英語圏では、ラテン語の「A.D.(Anno Domini)」で表記され、「主(イエス・キリスト)の年に」という意味です。西暦紀元、キリスト紀元ともいいます。

西暦が算出されたのは、6世紀のローマの神学者ディオニュシウス・エクシグウスによってですが、実際に紀年法として採用されたのは10世紀ごろで、西欧に一般化されたのは15世紀ごろであると言われています。西暦が、世界でもっとも使用される紀年法となったのは、キリスト教の西欧各国の進出や植民地化により、非キリスト教国にも普及したからですが、西洋のシステムがグローバル化していく中で、欧米の非キリスト教徒には強い抵抗感があったため、近年では、Common Era、 Before Common Era(共通年代)と言い換える動きも見られます。

また、最近の歴史的な考証によれば、実際には、イエスは西暦で生まれたとされる年から4年のずれ、つまり、紀元前4年には誕生していたと考えられています。

なお、西暦は、世界各国で紀年法として採用されていますが、もちろん個々の国々で昔から使用していた紀年法もあり、日本では「神武天皇即位紀元(皇紀、神武紀元)」や元号を用いた「和歴(邦歴)」、仏教国のタイやカンボジアでは、仏教の釈迦の死去した年を基準とする「仏滅紀元(仏暦)」、ギリシア正教会の東欧諸国では、「世界創造紀元(ビザンティン歴)」が、西暦と併用して使われています。

旧暦

暦には、地球が太陽の周囲を回る時間を基準にした太陽歴と、月の満ち欠けを基準に作られた旧暦とがあります。現在利用されているグレゴリオ暦は太陽暦の一種で、日本では明治6年に採用されました。しかしそれ以前は、4000年以上前に中国で作成された旧暦の一種が用いられていました。

この旧暦は、正しくは太陰太陽暦と呼ばれます。旧暦には月の動きとともに、太陽の動きや季節の移り変わりも考慮されており、複雑な計算式によって定められます。日本では太陰太陽暦として、天保暦と呼ばれる暦法を採用していました。この天保暦などの太陰太陽暦では、新月を毎月の初めの1日とし、そこから2日、3日と数えていきます。そして次の新月の日が、翌月の1日となります。

そのため1か月の日数にばらつきがあります。また、旧暦では閏月がない普通の年を平年とし、平年は353日から355日ありました。さらに閏月がある閏年の1年は、384日から385日あるという特徴を持っています。

和暦

和暦とは、日本特有の元号とそれに続く年素によって年を表現する、日本独自の紀年法です。平成・昭和・大正・明治といったものがもっとも最近の和暦となりますが、この歴史は非常に長く、最も古いものは、西暦645年に制定された「大化」となります。以降15世紀にもわたって使われてきているものとなります。

明治以降は天皇の皇位を継承する際にのみ改定されることとなっていますが、その昔は皇位とは関係なく、不吉なことなどが発生すると、元号を改められていました。このため、長くても十数年で改定されるのが通例となっていました。また、2つの和暦が併用される時代などもあったとされています。

現在では、和暦よりも西暦が使われることが多くなっています。これは、皇位継承により年数がリセットされることから、様々なITシステムの整合性が取れなくなってしまう問題があることも大きく影響を与えています。ただ、日本固有の和暦という文化は今後も使われていき、その時代を反映させるものとなることでしょう。

皇紀とは

皇紀とは日本が独自に定めた暦で、明治5年に制定されました。正式名称は神武天皇即位紀元と言い、神武天皇即位の年が元年とされています。また、毎年2月11日が紀元節と定められているのも特徴です。昭和15年の皇紀2600年には記念祝典があり、列席者には記念章が授与されました。この際、東京代々木練兵場に、昭和天皇は愛馬に乗って姿を見せ、集まった将兵たちに対して勅語を賜ったことが記録に残されています。

現在、欧米を中心に世界各国で利用されている西暦は、キリスト教で救世主とされているイエス・キリストの誕生した年を元年としています。

しかし日本では、キリスト教の洗礼を受けていない人でも、当然のように西暦を用いています。また、天皇の即位によって年号が変更される今の和暦では、事務処理などで使いにくいという意見もあって、企業の正式文書などでも、和暦とともに西暦が利用されています。尚、西暦2017年は皇紀2677年です。

六曜について

六曜とは大安、友引、先勝、先負、仏滅、赤口の6つを指し、それぞれの意味を持っています。多くの人が子に見、祝ごとなどに選ばれるのが大安です。一日を通して良い日とされ様々な行事を行うことが多い日になります。

友引は凶事に友を引くという意味があるのでお葬式などは避けられます。その他に関しては吉とされています。

先勝は午前中が吉、先負けは午後が良いとされています。

仏滅は全てにおいて凶となるので特に祝い事はしない方が良いとされています。

赤口も正午以外は凶なので祝い事は避けられることが多いです。

このように毎日様々な意味を持っていることを表していますが、とらわれすぎも良くないものですが、この六曜の意味を知ることでより良い人生の進め方のサポートになるので知識として持っていることが大切です。

六曜は中国が起源とされていて近年の日本では気にされない方も多くなっていますが、日々の楽しみとして、そして気持ちの切り替えとして活用することで前向きに生活できるということもあります。

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