陰陽師について

陰陽師 特集

陰陽師とは、平安時代の朝廷を支えた官職の一つです。映画やアニメでは呪術師として呪文を唱えたり、式神を操ったり、中にはアクションヒーロー張りの戦闘を繰り広げて妖怪を退治するなど大活躍する陰陽師もいるので、意外に思う方も多いのではないでしょうか。

実際の陰陽師は国家公務員です。仕事内容は主に祭祀、習得した陰陽道をもとに占いをしたり地相を見たり天文を研究したりしていました。学者と占い師を足して2で割ると陰陽師、といったところでしょうか。当時の政治は「まつりごと」と言われていたほどに、祭祀は大変重要な位置を占めていました。人々はとても迷信深く、祟りや悪霊が信じられていた時代でした。

そんな中でも平安貴族たちは権力争いに明け暮れていました。政敵を蹴落とす為ならもはや怨霊でも何でも良いと、正になりふり構わず・・・呪術を用いて政敵を失脚させてほしいとひそかに陰陽師に依頼するケースが後を絶ちませんでした。呪術の中でも古代中国から伝来した「蟲毒」は最も忌まわしく、また強烈な手法を用いる呪いです。壺の中に蛇やムカデやカエルなどを閉じ込めて互いに喰わせ合い、最後に生き残った個体から毒を採取して呪詛の対象者に盛りました。呪いの範疇を超えて、もはや毒殺ですね。事態を重く見た朝廷は幾度も呪術の禁止令を出して呪詛の根絶を図りました。

その後戦乱の世を経て泰平の世が訪れました。細々と受け継がれてきた陰陽師を名乗るものは現代にはいませんが、陰陽道は習俗や信仰に融合しながら民間に溶け込み、今も根付いています。

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安倍晴明について

安倍晴明といえば、映画「陰陽師」などで超能力や魔術を使用する姿が有名ですが、歴史上はどのような人物なのでしょうか。

安倍晴明は平安時代に活躍した陰陽師です。ここで言う陰陽師とは、陰陽五行に基づいた占術を行う官職のことです。占いが政治においても重視されていたため、官職ほどの重役にありました。

安倍晴明の出自は諸説あり、明らかにはなっていませんが、ある時期から花山天皇という天皇から支持されるようになったことを始めとし、有名な平安貴族、藤原道長の日記である「御堂関白記」や、藤原実資の「小右記」にその名前が残されています。

京都には晴明を祀った安倍晴明神社というものがあり、数々の逸話が残されています。晴明の逸話としては、岩と岩の間にある髑髏を移動させ、人の頭痛を治したというものや、干ばつのために晴明に雨乞いをさせたところ雨が降った等があり、晴明神社の境内には、晴明が湧き出させたとされる井戸が存在します。

その行いの不可思議さから、現代には半分超能力者のように伝わっていますが、歴史に記録として残された人物なのです。

晴明神社について

晴明神社は京都市上京区に所在している神社で、平安時代の陰陽師である安倍晴明を祀っています。一条戻り橋のたもと、北西に位置したこの場所は、晴明の屋敷跡です。全国各地に同名の神社が存在しており、宇治拾遺物語などを読むと安倍晴明が全国を行脚していたのが分かり、各地で活躍していたのが伝わってきます。

神社は1005年に安倍晴明が亡くなった後、その時の天皇である一条天皇が清明の偉業を讃えて、稲荷神の生まれ変わりであるとして、1007年に屋敷跡に創建することにしました。

晴明神社は京都では古くから知られ、親しまれていましたが、全国的な知名度が上がったのはここ数十年のことです。特に平成になってからは陰陽師安倍晴明がクローズアップされて、小説や漫画、映画、アニメ、さらにゲームなど様々な媒体でモチーフに取り上げられるようになりました。そこで安倍晴明に人気が出て、晴明神社もクローズアップされて、聖地巡礼と言われるファンが参拝に訪れるになったのです。

見どころは「晴明井」といわれる井戸で、ここから湧く水は晴明水と呼ばれて陰陽道の力が込められた霊験豊かなもので、無病息災の後利益があると言われて人気です。またこちらの井戸は五芒星が描かれてあり、取水口が星形の頂点のひとつにあり、立春には晴明神社の神職がその井戸の上部を回転させて、その年の恵方に取水口を向けるのが慣わしとなっています。

安倍晴明に興味を持っているなら、一度は行きたい場所です。

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