旅行が好きで、余暇をみつけてはバックパッカースタイルで世界中を旅し、今まで約40か国を訪問してきました。
どの旅も想い出に残るものでしたが、今までで一番移動でひどい目にあった体験談を書きます。
場所はパキスタン北部、フンザ渓谷。時期は2009年5月初旬の頃。
フンザはパミール高原の山懐に抱かれた「現代の桃源郷」と言われる地で、バックパッカーには人気の高い場所です。1974年まで「フンザ藩国」という自治国があった地域でもあり、ここに住む人たちは「金髪碧眼」のヨーロッパ的な容姿を持ったブルショー人という少数民族です。
シルクロードの外れにあたることもあり、遠い昔、きっと西の方から移り住んできた人々の末裔なのでしょう。明らかにパキスタンの他の地域とは文化的、歴史的に異なることが明白であり、そこがこの地方を旅する面白さでもあります。
私もここを旅するのは念願でした。
フンザは想像していたよりもはるかに素敵な場所
中心の町、ギルギットまでは首都イスラマバードの空港からプロペラ機での入域となります。時間にしてたかだか1時間ほどですが、この路線に就航しているプロペラ機というのは、レーダーなしの有視界飛行、つまりパイロットの肉眼と技術だけで操縦を行うため、無事に離発着できるかどうかは天候次第なのです。
無事に飛び立てて、無事に着陸できるかは運次第というわけです。幸い往路は天候に恵まれ、揺れもなく、快適なフライトでした。途中、窓から見たカラコルムの白い峰々の神々しい姿は途方もなく素晴らしかったです。
さて、実際に訪れたフンザは、想像していたよりも、はるかに素敵な場所でした。
旧フンザ藩国の王城があったカリマバードは、7000メートル級の山々に囲まれた山里で、その静かなたたずまいはまさに「伝説の地」の趣。名物のアンズの時期は終わっていましたが、アンズの花が咲き誇る3月には、村全体がピンク色で染まるそうなので、桃源郷そのものの風景といった感じなのでしょう。
人々は温和で親切、教育も普及しているのか、旅人には英語で話してくれます。彫の深いエキゾチックな顔立ちで、みんな深い目をしていました。
世界で起こっている様々な難事がここでは無縁のように思えるほどで、確かにここには旅人を虜にして離さない魅力があると思いました。
イスラマバードへ帰るには悪名高いカラコルムハイウェイをバスで往くしかない
フンザでの滞在を終え、イスラマバードへ帰る日、復路も飛行機を予約しました。席は確保できたのですが、発券の際、航空会社の係員は
「今日は首都周辺の天候が悪い。飛んでくるかどうかわからない。」
とのたまいます。冗談じゃない。
私は今日のうちに首都に帰って、明日には日本へ帰国しなければならないのだ。日本ですぐにたっぷり仕事が待っているし、断じて国際便に乗り遅れるわけにはいかない!
こうなると、飛んでくるかどうか定かでない飛行機を待つなどというギャンブルをする選択肢はありません。
方法はただひとつ。悪名高いカラコルムハイウェイをバスで往くしかないのでした。
イスラマバードへのバスは頻繁に出てはいますが、どれもゆうに20年落ちはしているだろう中国製のマイクロバス。所要は予定では15時間。
方法はこれしかないので仕方ないのですが、それは想像を絶する旅路でした・・・
すし詰め状態のマイクロバスの車内は体臭&悪臭が充満・・
最悪なことに、私にあてがわれたのは補助席でした。マイクロバスはすし詰めで、脚もろくに伸ばせないほど。
おまけに周りのパキスタン人の客はみんな体臭がキツくて、結構頭痛がしてくるレベルなんです。
こんな状態で15時間も居なければいけないのかと思うと滅入ってきます。
さらにこのマイクロバス、サスペンションが壊れているのか全くクッションというものがありません。悪路をかなりのスピードで走るものだから、大きく体は上下にジャンプします。
私は車酔いはしないので大丈夫ですが、バスに弱い人はたちまち酔うだろうなあ・・・と思っていると、案の定、そこらかしこで何人かのパキスタン人がくるんだ新聞紙にゲーゲーやりだしました。
狭いバスの中にはその悪臭が充満し、彼らの体臭もまざって、もう強烈な状態です。
カラコルムハイウェイは山肌を切り開いてつくっただけの道路
カラコルムハイウェイというのは、カラコルム山脈の山肌を切り開いてつくっただけの道路。かつてシルクロードの通商路として馬で行き来していた道を現代は自動車が通るというわけで、道中の風景はダイナミックで旅人を少しも飽きさせることはありませんが、なにせ山肌を切り開いただけの道路です。
片側は何千メートルもの崖が壁のようにそそり立ち、片側は何千メートルもの深い谷が奈落の底のように急角度で切れ落ちています。
ガードレールもなければ街灯もない。もちろん全行程、舗装などされていません。
ただ大小の岩がちらばるガタガタ道が延々と続き、年に何台かは車が谷底に落ちているという、これ以上の悪路はないほどにワイルド極まる道路なのです。
バスには運転手のほかに助手が乗っていて、絶えず崖の方を身を乗り出して見ていますが、これは頭から降ってくる落石を監視しているのです。
人生の中で最も濃密な15時間を過ごす
明るい昼間はまだましですが、本当に怖いのは夜です。こんな悪路をヘッドライトの頼りない灯りだけで進むんですから。道路の真ん中に大きな岩でも転がっていると、急ブレーキをかけて何度も停まり、そのたびに身体がふりまわされるので、全く寝てなどいられません。
こちらとしては、落石に直撃されませんように、谷底に落ちませんようにと、ひたすら祈るばかりで片時も生きた心地がしませんでした。
こうして、カラコルムハイウェイを抜け、ようやく舗装された道路に入った時には全身の力が抜けるくらいに安心しました。緊張で体がカチカチだったのでしょう。寄りかかるもののない狭い補助席で、座ったままぐっすり眠ったのはこの時が最初で最後です。
この15時間は今まで経験した人生の中で一番濃密な15時間だったと思います。
不思議なもので、今となってはこの強烈なバスの体験の記憶はフンザの想い出とともに自分の中では既に甘いノスタルジーとなっています。
確かにハードな体験でしたが、それもフンザの旅のひとつの演出だったと思うと、良い体験ができたと思います。
いつの日かフンザにはアンズの花咲く3月に是非とも再訪してみたいと思います。
ただ、その時はやっぱり往復とも飛行機で行きたいものですが。
村全体がピンク色に染まる山里。なんて素敵な所でしょう。しかもそこで暮らしている人々がエキゾチックな顔立ちで、かつて王城があったところって本当に現在の桃源郷って呼ぶのにふさわしい場所ですね^^私も一度は杏野花が咲き誇る3月に訪れて見たいって思います。もちろん飛行機でね、きつい悪臭に15時間も耐える勇気なんて私にはありませんから^^;