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長野からの帰りに中央高速道路が通行止め~笹子トンネル耐久戦の幼い頃の思い出

 2017/05/16 国内旅行 この記事は約 4 分で読めます。 442 Views
渋滞中の車内

これは今、23歳の私が10歳頃の話ですので13年前の話です。

当時、私の家は週末になるとどこかへ車で出かけるアクティブな家庭でした。

その日も私の家族は中央高速道路を使って長野県へ観光に出かけました。今も昔も神奈川県茅ヶ崎市に住んでいた私達は空いていれば3時間から4時間で向かえる場所でした。

そのはずだったんです。

その日、家に午後7時程度に到着できればいいと長野県を約午後2時に出ました。順調に中央高速道路を下りる相模湖インターチェンジに向かっていましたが途中で徐々に車の数が増えて行きました。そして、とある地点で渋滞に巻き込まれてしまいました。

しかし、私の家族は車で出かけることに慣れていたのでのろのろ動いて、1時間から2時間で抜けられるだろうと父が言い、なら夕ご飯はサービスエリアで食べようと母が言い、私を含めた家族一同は余裕でいました。

しかし、その渋滞は普通の渋滞とは違いました。30分たっても一切、動かないのです。徐々に車内に焦りと不安が充満してきました。

当時はまだ、スマートフォンがない時代だったので出先で情報を調べるのが難しい時代でした。

私達はラジオの交通情報が流れるのを待つしかありませんでした。そして、ラジオの交通情報が始まりました。「中央高速道路は笹子トンネル内で起きた事故のため、通行止めになっています。復帰には時間がかかります」とその瞬間、幼いながらも何回も中央高速道路を通って出かけている私にはわかりました。

これは通行止めに巻き込まれたと。

そこから私達家族の笹子トンネル耐久戦が始まりました。

まず、困ったのがやはり、トイレでした。車の中には携帯用のトイレなどはありませんでした。子供で男である私なら正直外に出てすれば済むことなのですが、高速道路でサービスエリア以外の場所で外に出るというのはなんだか悪いことをしているような気がして、容易には外へ出ることができませんでした。

しかし、巻き込まれてから30分程度がたった頃、私は限界になってしまいました

思い起こせばジュースをがぶがぶ飲んで、その後、トイレには行っていないのです。それは我慢できないのも無理はありません。私は頭の中で神様に精一杯のごめんなさいをして外へ出ました。

次に困ったのが暇の潰し方でした。

当時の車についていたテレビは今のようなワンセグや地デジではなかったので電波の感度は悪かったです。さらに車が止まっているのは山のなか、もちろん、テレビは映りません。

ラジオも確実に聞こえるのはNHKのラジオ、面白い番組がやっているAMのラジオは聞こえるような聞こえないようなで暇をつぶすこともできませんでした。

初めはたわいのない話をしていた私でしたが徐々に話すことがなくなり、車の中は静かになってしまいました。巻き込まれてから5時間程度がたった頃には私は寝てしまいました。

目が覚めるとサービスエリアについていました。時間は午後10時になっていました。結局、約6時間程度通行止めに巻き込まれてしまいました。その後、かなり遅い夕ご飯を食べましたが店に入った時にはラストオーダーでした。

今でも笹子トンネルを通るとこのことを思い出します。

神奈川県にお住まいの20代の男性の方からいただいた、中央高速道路が事故のため通行止めとなった際の笹子トンネル内でのエピソードです。
小学生のころの渋滞での苦痛を今でも憶えてるんですね。物忘れが激しい私にはちょっと羨ましいエピソードだけど、やっぱり嫌な思い出はさっさと忘れるのが一番。と、都合よく考える私はやっぱり成長できない・・・

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渋滞中の車内

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