V系オタク学生の田舎帰省で起きた冷や汗ファッション大失敗の巻

パンクファッション ファッション

関西の片田舎出身で、大学進学を機に東京へ引っ越してきた私。29歳になり結婚して出産を待つ主婦の一人として東京23区外の多摩エリアに居住しているものの、おしゃれ大失敗をやらかしてしまった当時は世田谷区住まいの女子大生でした。

そもそもの出身地は最寄りのユニクロやイオンまでなんと50分もかかる京都の山間部でした。また住んでいた町に唯一あったのは、安くて無難な、それでいてなんとなく自然の中でぼやけてしまうような地味な洋服を扱っている田舎ファッションのお店のみ。

当然ブランドものなど着たら狭い田舎社会の中で浮いてしまうため、老いも若きもみ~んな同じようなお洋服ばかりです。

漫画やアニメの他、ヴィジュアル系バンドが好きだった私は、どうしたら少しでもカッコ良いファッションを身にまとう事が出来るのかと悶々としていました。

そんな環境で育ってきた私が花の都東京へ来たのです。当初はどこで洋服を仕入れたら良いのかさえ、まったく見当がつかない日々が数か月間続きました。

ある日のこと、ちょっと勇気を出して訪れたのが若者ファッションの中心地原宿でした。竹下通りを少し歩いただけで目に入ってきたのは、白~金髪に綺麗に脱色された髪を逆立てているV系ファッションのお姉さんに、モノトーンカラーベースのボンテージパンツなどのパンク風ファッションのお店です。しかも田舎と同じか、それ以下のお値段で大セールをやっているお店も少なくありません。

勇気を出して訪れたはずの原宿でしたが、その日を境にして本当にあっという間にその独特な空気感に染まり、のめり込んでいくようになりました。

耳や軟骨のピアスの穴は増えたり拡大し、頭髪も特に学校の規定がなかったので金髪に脱色の後に青や赤の信号カラーを試してみたりしていました。こうしてただの文学部、しかも史学科というとても地味な学科所属であるにもかかわらず、着る服は黒ベースでパッと見たらファッション関係の専門学生か、音楽関係の方かしらといった風に変貌していったのです。

暑い夏の日のこと、私は夏休みを利用して「あの」田舎へ帰省することになりました。

しばらく東京と原宿の究極の自由に染まり、青春を謳歌していた私は金に輝くかっこいい(と思い込んでいた)とんがったヘアスタイルに囲みアイライン最強モードのV系メイクそのままに、パンク調の黒装束に身を包んで地元へ向かうことになりました。しかも持ち物はおしゃれの追究の結果破れた布や、髑髏や鋲が付いているハードなものが中心です。

途中で通過する京都駅で降りたった時は、まだ都会だったからか然程目線を感じることはありませんでした。

しかし山陰線を含むローカル路線を乗り継いでいくと、徐々にちらちらと視線を感じる回数が増えていきます。

「あ、これはやばかったかな・・・」

と内心少しづつ冷や汗をかいていたのですが、時すでに遅し。

まさか黒染めスプレーを持っているわけでも、無難で目立たないカラーの洋服を持ってきたわけでもありません。しかもスケジュールと懐具合の関係で何か目立たない服を買いなおすのも無理で、結局そのまま地元へたどり着いてしまいました。

親や祖母は染色関係業務従事者だったので、正直なところ黒が気になるけど珍しいファッションだという目線だったのでまだ助かりましたが、最大の問題は寄った田舎のスーパーでした。

ひとりでふらっと懐かしい田舎の味を幾つか手に提げてレジへ向かったところ、レジのおばさまはぽかんとしていらっしゃる上に暫し硬直なんて状態に陥っていらっしゃるのです。

怖がらせる気なんてこれっぽっちもなく、ただ好きなファッションを純粋に楽しんだだけの若者としてはこれ以上の大失敗はありませんでした。

その時の気まずさと申し訳なさと言ったらもう・・・服装をシンプルなロックTシャツとダメージジーンズ程度に抑えて、メイクもごくごく薄め設定にしておけばと思わざるを得ませんでした。

結果的には初めて自分の好きなファッションとTPOの差について体感することが出来た出来事だったので、若気の至りだったともいえます。

が、あれから10年近くが経った今も決して忘れることのない大失敗だったといえます。

そう、社会にうまく溶け込んで楽しむ、社会人的なおしゃれにたどり着けた今だからこそ。

東京都にお住まいのアラサー女性さんからいただいた田舎への帰省時のエピソードでした。

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